それは、フランコ体制の重苦しい空気がようやく霧散し、スペイン全土が「モビダ・マドリーニャ」の熱狂に沸き立つ少し前の、カタルーニャ地方の静かな光から物語は始まる。バルセロナのアトリエで、一人の女性が銀の塊を手にしていた。チェロ・サストレ。その名はまだ、後に続くモダンジュエリーの革命を予感させる前の、静かな情熱を秘めた響きだった。
彼女の目に映る世界は、常に形と光の戯れに満ちていた。ガウディの有機的な曲線が街の至る所に息づき、ピカソの破壊と再構築のエネルギーが空気に溶け込んでいるバルセロナ。この街で育った彼女の感性は、伝統的な宝飾品の様式美よりも、もっと生々しく、魂の根源に触れるような形を求めていた。
このS2092イヤリングの原型となったのは、ある朝、彼女がアトリエの窓から見た、夜露に濡れた若葉の姿だったという。あるいは、地中海の波に洗われ、角の取れた小石の滑らかな曲線だったかもしれない。彼女自身、そのインスピレーションの源を一つに定めることはなかった。なぜなら、彼女の創作とは、記憶と感覚の海の中から、最も純粋な形を掬い上げ、磨き上げる作業に他ならなかったからだ。
「完璧な円や直線は、人間味を失わせる」と彼女は語ったと言われる。「私たちの身体も、感情も、そして生命そのものも、完全なシンメトリーなど存在しない。歪み、たわみ、予測不可能な曲線の中にこそ、真の美しさは宿るのよ」。
その哲学は、このイヤリングのデザインに色濃く反映されている。一見すると、それは不揃いな銀の滴のようだ。しかし、手に取ってあらゆる角度から眺めると、その計算され尽くしたフォルムに息をのむ。光を一身に集めては、柔らかな輝きとして周囲に放つ、その完璧な曲面。それは、見る者の心を映し出す鏡であり、着ける者の内なる光を増幅させる装置のようでもある。
制作は、困難を極めた。彼女はまず、粘土で理想の形を何度も何度も作り直した。生命の萌芽を感じさせる、あの柔らかな膨らみと、緊張感をはらんだエッジ。その二つの要素を、掌に収まるほどの小さな立体に共存させるために、彼女は昼夜を問わず没頭した。そして、ついに納得のいく形が生まれた時、彼女はそれを元に銀で鋳造した。
しかし、鋳造されたばかりの銀は、まだ魂を持たない抜け殻に過ぎなかった。ここからが、チェロ・サストレの真骨頂であった。様々な目の粗さのヤスリと研磨剤を使い分け、彼女は自らの指先の感覚だけを頼りに、銀の表面を磨き上げていく。それは、彫刻家が石塊から生命を彫り出す作業にも似ていた。機械的な研磨では決して生まれない、温かみのある光沢。指先が、デザイナーの魂が、冷たい金属へと移っていく瞬間だった。
このイヤリングが生まれた1980年代、スペインは自由な表現への渇望に満ちていた。チェロ・サストレのジュエリーは、まさにその時代の精神を体現していた。伝統的な装飾品という役割からジュエリーを解放し、身に着けるアートピースへと昇華させたのだ。彼女の作品は、パリのギャラリスト、ナイラ・ド・モンブリゾンが評したように、まさに「目立たないのに、決して人の記憶から消えない」存在感を放っていた。
このS2092イヤリングを耳にする時、あなたは単なるアクセサリーを身に着けるのではない。カタルーニャの光と風、一人のアーティストの静かな情熱、そして一個の金属がアートへと昇華するまでの長い物語を、その身に纏うことになる。それは、あなたの日常に、ささやかでありながらも、確かな輝きと、揺るぎない自信を与えてくれる、小さな芸術作品なのである。