大型図録本 非売品 廣津雲仙書自選 広津雲仙書作品集
廣津雲仙 著
私家版本
発行年記載無し 昭和60年頃
88ページ
約38x27x1.8cm
函入 布張上製本
※非売品
※絶版
昭和後期の日本書壇の重鎮、廣津雲仙氏が、六十余年に亘る自らの書業の足跡を回顧するためにまとめた作品集。
自ら厳選した、漢詩、一行書などの書作品を34点、印譜・落款印・篆刻 16点収載(作品図版ページに点在)
巻末に年譜、作家肖像写真を掲載した、私家版本の非売品。
大変貴重な資料本です。
【序文】より
「廣津雲仙書自選」を推す 植村鷹千代
廣津雲仙氏の書法の特色の要点としては
堅実な古典的基礎の骨格を
作者の人柄ともいえる穏和な肉付きで包んでいて
きびしい格調の高さや内的精神の強さが
気取りや誇張のない優しい品のよさで仕上げられている点を
まず挙げるべきであろう。
―そのような静かな書風から、
新鮮な現代の息吹きが感じられるのが魅力である。
もう一つの特色は書法の輻の広さである。
楷書・行書・草書・篆書など書法の領域の広さだけでなく、
濃墨の楷書でも太い筆勢による作品や
細い線質を巧みに駆使した作品などで
文字自身の内容や情感にたいする
作者の解釈や感覚による個性的な表現形式を
柔軟に対応させて
作品に新鮮な生命感を多様に表現している点は
異色な特長であるといっていいだろう。
例えば「論経書詩(部分)」の楷書作品をはじめ
行草作品の「烏黒鷺白」(うはくろくろはしろし)「寂静」(じゃくじょう)
「弄巧成拙」(巧をがし拙となる)や
「無倦」(うむことなし)、「看歴」(みるや)「光風動春」(光風存を動かす)
「山寒華発遲」(山寒うして花ひらくこと遲し)などの草書作品といい、
篆書作品の「雨洗風磨」(雨に洗い風に磨く)「光陰如箭」(光陰やの如し)
などは廣津雲仙氏の代表的な秀作である。
とかく今日の書道界では
大家といっても特定の作風に固定した
偏狭な円熟ぶりをみせる場合が多いとき、
雲仙書法の柔軟な幅の広さは、
特に貴重な特色である。
廣津雲仙氏は明治43年(1910年)長崎生れで
現在、日展常務理事、
墨滴会長、読売書法会総務、日本書芸院董事などの
肩書をもつ、現代日本書壇の重鎮である。
その雲仙氏が、六十余年に亘る
自らの書業の足跡を回顧するために
まとめたのがこの「廣津雲仙書自選」である。
収録作品を拝見すると
よほど厳しく精選され、
自選作品の数は意外に少ないが
その代り雲仙書法の粹をあつめ、
その特色と面目の躍如たる感が強く胸に迫る。
廣津雲仙氏の芸術と人柄にこころをひかれる。〈美術評論家〉
【著者について】
広津雲仙/廣津雲仙(ひろつ うんせん、1910年(明治43年)10月1日 - 1989年(平成元年)9月19日)
昭和期に活躍し、日展内閣総理大臣賞や日本芸術院賞を受賞した書の大家。
日展の要職を歴任し常務理事を務めたほか、日本書芸院の設立、読売書法会の創立に尽力した。
また、書道雑誌『墨滴』を刊行すると同時に、墨滴会を主宰し、後進の育成に力を注いだ。
長崎県北高来郡高来町出身(現、諫早市高来町)で、本名は廣津 四郎(ひろつ しろう)。
雅号の「雲仙」は、長崎県の雲仙岳に由来する。
略歴
1910年 - 長崎県北高来郡高来町に生まれる。
1935年 - 書を辻本史邑に師事。漢籍を長岡参寥に師事。
1942年 - 関西書道会展 文部大臣賞。東方書道会展 推薦賞。
1946年 - 社団法人日本書芸院設立(発起人)。
1948年 - 日本書芸院展 審査員。
1951年 - 日展 特選。毎日書道展 審査会員。
1953年 - 関西綜合美術展 審査員(以降、7回)。
1954年 - 墨滴会主宰。
1956年 - 日展 特選。
1959年 - 日展 審査員(以降、13回)。
1961年 - 長崎県の浜屋百貨店にて個展を開催(以降、個展6回)。
1963年 - 現代書道20人展出品(以降、15回)。
1964年 - 現代書道20人展並びにアジア展出品。日展 評議員。
1965年 - 現代書道20人展並びに香港展出品。
1966年 - 日展出品作が長崎県立博物館収蔵。中京大学文学部教授。
1967年 - 日本赤十字社有功章社員章。長崎県文化功労者表彰。NHK連続放送「みだれがみ」のタイトルを制作。
1968年 - 日展 内閣総理大臣賞。
1971年 - 日展出品作を文化庁が買上げ。
1972年 - 日本芸術院賞[1]。日展出品作が東京都美術館に収蔵。
1973年 - 日展 理事。全日本書道連盟 理事。兵庫県文化賞。
1974年 - 紺綬褒章(以降、5回)。
1975年 - 日展 理事。
1978年 - 日展 参事。兵庫県文化各界友好訪中副団長。
1979年 - 日展 常務理事。神戸市文化賞。
1981年 - 日展 理事。長崎県高来町名誉町民となる。
1983年 - 日展 監事。
1984年 - 読売書法会創立 総務。日本書法巨匠展(アメリカ・西ドイツ・イタリア巡回)出品。佐世保市教育文化表彰。
1985年 - 日展 常務理事。読売書法展 審査員。
1986年 - 日展 参事。国連代表部へ作品寄贈。
1987年 - 日展 理事。日中蘭亭書道交流訪中。
1988年 - 勲四等旭日小綬章。日展 理事。兵庫県書作家協会 会長。
1989年 - 日展 参事。從五位に位記される。
書風
雲仙の作品は、堅実な古典的基礎の骨格を、雲仙の人柄ともいえる穏和な肉付きで包んでいて、厳しい格調の高さや内的精神の強さが、気取りや誇張のない、やさしい品の良さで仕上げられている。このような静かな書風から、新鮮な現代の息吹きが感じられる。また、楷書・行書・草書・隷書・篆書と書法の領域の広さだけでなく、濃墨の楷書作品の中でも、太い筆勢による作品や、細い線質を巧みに駆使した作品などで、文字自身の内容や情感に対する、作者の解釈や感覚による個性的な表現形式を、柔軟に対応させて、作品に新鮮な生命感を多様に表現している。
書法の領域について、楷書は鄭道昭、行書と草書は張瑞図、篆書は石鼓文、隷書は張遷碑の古典が原点に据えられている。この基本から変貌していく鍵を他の古典に広く求め、時には混合させ、また変身もした。中林梧竹、寂厳、良寛、富岡鉄斎、仙厓、倪元?、黄道周、鄭燮などと、いずれもこれらの作家は、ここで再発掘されることになった。
雲仙の書は構築性に優れて整理整頓が行き届いている。張瑞図を厚い線で脇を締め、右肩を上げて威厳を示し、行間をすっきり通すのは、雲仙スタイルの典型である。晩年の書は鄭燮の気儘な長い線や肱の張りが加わり、いつも整然としていた雲仙に、遊戯性が表れだした。
著書・編書
廣津雲仙書展
廣津雲仙自選
廣津雲仙
廣津雲仙遺墨集
現代日本書法集成 廣津雲仙書法
教本 色紙作例集
続教本 色紙作例集
張瑞図の書法(全3巻)
擬山園帖(全10巻)
書道技法講座(6)鄭羲下碑
書道技法講座(18)鄭道昭
主な門弟
廣津岱雲
太根啓山
長谷川光石
林田芳園
毛利柳村
伊藤天游
大重?石
茅原南龍