縦:約47㎜
横:約40㎜
作者:ジョヴァンニ・ノト
QR:ミュージアムクオリティ
ジョヴァンニ・ノトは1902年生まれのシェルカメオ作家です。
1985年にその人生に幕を降ろすまでの間に輝かしい経歴を残しており、カルティエやブルガリなど一流ブランドへのカメオの提供やイタリア王国国家からの依頼を受けて記念品のカメオの制作、リンドバーグの大西洋横断記念のカメオ、また晩年にはチャールズ皇太子とダイアナ妃の婚姻祝の作品も手がけ、その他スペインはマドリード、フランスはパリ、アメリカはニューヨークと各地の美術館や博物館にも作品が所蔵されていることからも、彼の活動範囲の広さと支持の深さが伺えます。
イタリア王国が共和制に移行した直後には、王国期に宮廷彫刻師として仕えたフランチェスコ・アパを祖とする老舗工房ジョヴァンニ・アパで美術監督に就任しており、その経歴と実績は名実ともにイタリア政府お抱えの最後の宮廷彫刻師的存在であったと言えましょう。
また2度の世界大戦の間に職人が育たなかった20世紀前半もカメオ彫刻師でありつづけ、戦後にはジョヴァンニ・アパにて自身の技を広く教えることでいったん断絶したと言ってもいいカメオの伝統をつないだ功績は計り知れず、現代においてもトッレ・デル・グレコのカメオ彫刻師の間で「Professor(教授)」といえばノトの事を指すなど、彼無くしては現代にカメオはなかったといっても過言ではない存在となっております。
カメオ史における中興の祖ジョヴァンニ・ノトが得意として多く手がけたモチーフのひとつ、聖母マリア。
今回の作品はそれらのマリア像の中でも特にクオリティの高いもので、大本のデザインは15世紀前半の画家フィリッポ・リッピによる絵画”聖母子と二天使”です。
本作の構図はその絵画の聖母マリアの部分をカメオに切り取ったもの。
貝の厚みを生かした素晴らしいマリア像の背後には、同様に素晴らしいノト氏による精緻な光輪と美しい薔薇の花が添えられております。
これらの光輪や薔薇の花は、すでに当ギャラリーに所蔵されているいくつかのマリア像にもみられるもので、特にこの幾何学的な美しさを持った光輪は並の彫刻師の手によるものではありえないということで、ノト作と鑑定する鍵にもなりました。
もちろん主役となる聖母にもノトによる技巧が尽くされ、その顔つきは優しく気品に満ち、まさしくジョヴァンニ・ノトの描く女性像といったところでしょう。
レースのヴェールも立体的で美しく仕上がり、合わせた手は右手の指の間から重ねた左手が見える造りで、画面全体余すところなくノトの超絶技巧が尽くされた本作はまったく見事の一言です。
こちらの作品は私が所有する4つの「祈る聖母」のうちのひとつで、唯一ルースのみでの入手となった作品となります。
フレームはないもののカメオ本体の質では最もバランスが良く整った作品でして、さらに光輪がはっきりと表れているのが印象的です。
通常カメオは顔の輪郭のコントラストを大切にするものですが、キリスト教関連のカメオが盛んに作られた19世紀の一流の作者たちは光輪やそれをイメージさせるよう後頭部のコントラストを優先した構図を取ることが多く、通常のモチーフのカメオとは違う鑑賞や評価のポイントが出てきます。
本作の評価ではその点にも着目しており、光輪にはっきりと色を乗せて画面に見せつつ、貝の厚みがよく効いた像の陰影にて輪郭のコントラストだけでなく像全体の立体感を物理的に強調することで、これらを両立した点が一段高い評価につながっております。
貝は橙色と淡黄色のコントラストが美しいコルネリアン。
濃色部分の色合いはやや淡めですが、その代わり淡黄色層の色が濃く一般的なコルネリアンよるくっきりとしており、また厚みもあるため陰影が良く映えます。
状態はよく、裏面1時位置から2筋ほどヘアラインが入っているように見えるものの、橙層の厚みがかなりある貝であることや、表は光輪の表現があり橙層がでていないことなどから、表からだと光に透かしてさえほとんどわかりません。
なお裏面には”Noto'g”とのペン書きがあり、これは類例がないタイプのサインであることから、サイン表記の最初期にあたるものとして資料としても価値ある作品ともなっております。