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出品者コメント:SACDでは出るかもしれませんが、こういう気軽なセットはもうでないかもしれません。 マスタリングについて~クリストフ・シュティッケル(マスタリング・エンジニア) ETERNAテープをリマスタリングする際の前提は、オリジナル・サウンドを変えることなく可能な限り最高の状態でオリジナル・サウンドを再現することでした。 全ての作業はオリジナルのアナログ・マスターテープに基づき、マスタリングはそれぞれのテープに対して細心の注意を払って行われました。 アナログ領域のみでサウンド処理されたアナログ信号を96kHz / 24bitの高品位デジタル化後に44.1kHz / 16bit化されました。 また、デジタル領域においてもノイズの除去や、オリジナル・サウンドに影響を与えるその他の修復は行わず、必要最小限のテープ・エラーとテクニカル・クリックのみの修復が行われました。 収録情報 Disc1 ●ウェーバー:交響曲第1番 ハ長調 Op.19 シュターツカペレ・ドレスデン 1972年4月10-14日、ルカ教会 ●ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲 ●ウェーバー:歌劇「ペーター・シュモルとその隣人たち」序曲 Op.8 ●ウェーバー:歌劇「精霊の支配者(リューベツァール)」序曲 Op.27 ●ウェーバー:劇音楽「プレチオーザ」序曲Op.78 ●ウェーバー:祝典序曲「歓呼」Op.59 シュターツカペレ・ベルリン 1974年5月27-31日、キリスト教会 スイトナーは実演でもレコーディングでも、けっこうマニアックな選曲が多かったようです。LP時代のビゼーの交響曲の組み合わせ作品は、当時はあまり聴かれなかったウェーバーの交響曲でした。このCDでは、ウェーバーの交響曲と序曲集を組み合わせることで一貫性をもたせているようです。 ウェーバー20歳のときの交響曲第1番は、当時、自分が指揮者を務めていたカールスルーエ宮廷楽団で演奏することを目的として作曲したもので、第1楽章と第2楽章は序曲風の接続曲スタイルで、楽想もモーツァルト風、ベートーヴェン風なところがあり、さらに後世のグリーグが「ペール・ギュント」でトロルを描いた「山の魔王の洞窟にて」に似たメロディーがあらわれたりもします。 マニアックといえば、スイトナーの場合、ウェーバーの序曲集でも有名な「魔弾の射手」を入れていません。「魔弾の射手」といえば、スイトナーがクレメンス・クラウスに弟子入りする際に、「フィガロの結婚」序曲で失敗し、「魔弾の射手」序曲がうまくいって認められたという幸運の曲ですし、ハンブルク・オペラの300周年記念イベントにベルリン交響楽団と招かれたときもマーラー「復活」の前に演奏した曲でもあったので、ぜひ録音して欲しかったのですが、このアルバムでは「魔弾」ほど有名でなくとも傑作が多いというウェーバーの魅力を知らせることに徹したということなのかもしれません。 「オベロン」序曲は、妖精の王を扱ったウェーバー最後のオペラのために書かれた傑作。オペラ「オベロン」はドレスデンで1826年1月にほぼできあがり、3月中にロンドンで完成、4月にコヴェント・ガーデンで初演して大成功を収めており、ウェーバー自身、生涯最高の成功と喜んでいましたが、滞在中のロンドンで6月に結核が悪化して死去、現地で埋葬されています。18年後、遺体は息子によってドレスデンに移されますが、その際、ワーグナーも協力し、たいまつ行列のための葬送音楽やウェーバーを称える合唱曲を作曲したりもしています。序曲は、管楽器の活躍でも有名で、シュターツカペレ・ベルリンの豊かな音色と生き生きした音楽が楽しめます。 「ペーター・シュモル」、正確には「ペーター・シュモルとその隣人たち」序曲は、オランダ商人とその娘にまつわるジングシュピールの序曲で、作曲時のウェーバーは15歳。師のミヒャエル・ハイドンの指導を受けながら完成したと伝えられていますが、楽譜は殆どが逸失。後年、ウェーバー自身が大幅に改訂して序曲のみ復活させ、作品番号を付して出版しているので、15歳の作品とは言えない面もありますが、若き日の楽想が気に入っていたのか、ウェーバーはこの序曲を何度も実演で指揮しています。 「精霊の支配者」序曲は、18歳の時に断念した未完の精霊オペラ「リューベツァール」の序曲を6年後の1811年に改作したもので、題材にふさわしい迫力ある緊迫した音楽が後年の「魔弾」の「狼谷の場面」を思わせる傑作。機動力ある弦楽の複雑な音色や、かんどころで完璧に決まるティンパニなど無類の魅力を湛えた演奏が若き日の傑作を引き立てています。 「プレチオーザ」序曲は、有名作家ミゲル・デ・セルヴァンテスの小説を、舞台上演用に台本化したアレクサンダー・ヴォルフに依頼されて書いた12曲から成る劇音楽の第1曲。ジプシーの娘プレチオーザが実は高貴な生まれだったという話で、タンバリンの使用などジプシー音楽風の味つけが面白い作品。 祝典序曲「歓呼」は、ザクセン国王、フリードリヒ・アウグスト1世の統治50周年記念式典が1818年におこなわれた際に演奏された曲。後の「魔弾の射手」を彷彿とさせる部分もある曲で、展開部では未完の精霊オペラ「リューベツァール」の五重唱の旋律も使用しているほか、クライマックスでは、英国国歌が延々と演奏されるのが印象的です。ワーテルローでのイギリスのナポレオンへの勝利は、イギリスと同君連合体制を敷いていたハノーファー王国とその周辺地域でも称えられ、英国国歌がドイツ語で歌われるなど広く親しまれていたという背景があります。 Disc2 ●グリーグ:組曲「十字軍のシグール王」Op.56 Ⅰ. 前奏曲「王の広間にて」 Ⅱ. 間奏曲「ボリヒルの夢」 Ⅲ. 前奏曲忠誠行進曲 ●グリーグ:「抒情組曲」Op.54 Ⅲ. 夜想曲 Ⅳ. トロルの行進 ●グリーグ:「ノルウェー舞曲」Op.35 Ⅰ. Allegro marcato Ⅱ. Allegretto tranquillo e grazioso Ⅲ. Allegro moderato alla marcia Ⅳ. Allegro molto-Presto e con brio ●グリーグ:「ホルベアの時代より」op.40 Ⅰ. 前奏曲 Ⅱ. サラバンド Ⅲ. ガヴォット Ⅳ. アリア Ⅴ. リゴドン シュターツカペレ・ベルリン 1976年6月8-11日&12月9日、キリスト教会 スイトナーのグリーグは、北欧系の演奏とはちょっと違い、「ホルベアの時代より」など、ダイナミックでアクセントも克明、思い切ったテンポが採用されたりしているのがユニーク。拍節感も素晴らしく、カラヤンのようにベタに塗りつぶすようなことはしないので、「シグール」の「忠誠行進曲」でもセンスの良いオケの響きが、長征から帰還した王を祝う音楽にふさわしい品位を与えているかのようです。 ノルウェー国王シグール1世[1090-1130]は、十字軍の遠征で有名な人物で、大船団を率いてエルサレムに向かい、軍功をあげたのち、帰路ではコンスタンティノープルに長く滞在、船と財宝を同地で手放し、返礼の屈強な馬(東方馬?)を得て陸路でデンマークまでたどり着き、あとはニルス王の好意で船で帰還という4年がかりの旅でした。ビョルンソンによるシグール王の冒険物語の戯曲に29歳のグリーグが書いた音楽は5曲でしたが、20年後にそこから3曲を抜き出してまとめたのがこの組曲。第1曲「王の広間にて」は劇音楽では第2幕への前奏曲で、王の広間での力較べの様子を描いています。第2曲「ボリヒルの夢」は劇音楽では第1幕の間奏曲で、シグールの妻ボリヒルの夢が不安だったりする様子を描いています。第3曲「忠誠行進曲」は劇音楽では第3幕への前奏曲で、帰還の喜びと感動、祝いの様子が描かれています。 「抒情組曲」はグリーグが書いた66曲のピアノ小品を集めたものですが、その中から4曲選んでオーケストレーションしたのが管弦楽版「抒情組曲」。スイトナーはそこから濃密な「夜想曲」と、愉しい「トロルの行進」の2曲を選んで録音しています。 「ノルウェー舞曲」はピアノ・デュオのために書かれた作品を、ハンス・ジットがオーケストレーションして有名になったものですが、スイトナーの演奏は速めのテンポを基調にしながらも豊かな情感を湛えた素晴らしいもので、随所で聴かれる豪快なサウンドや猛烈なスピード感には驚くばかりです。 「ホルベアの時代より」は、グリーグと同じベルゲン生まれのルズヴィ・ホルベア(デンマーク語読み)の生誕200年を記念して1884年に作曲された作品。ホルベアの生きた時代は、ノルウェーはデンマーク王の統治する同君連合国家であり、ホルベアはデンマークで暮らしています。ホルベアは宮廷劇場で戯曲などを発表したこともありましたが、活動の主体は、啓蒙主義的教育者で著述家、投資家でした。生涯独身で倹約家でもあったホルベアは、自著の出版・販売、定期購読契約などで得た資金を、不動産投資や農場経営のほか、貿易事業への投資にまわして富を得ており、晩年には節税対策を兼ねて、ソーレ・アカデミーに巨額の寄付をおこなって男爵の称号を授与されてもいます。 グリーグは依頼を受けて、18世紀の舞曲の要素を用いた喜怒哀楽に富む5曲から成るピアノ曲集を作曲し、翌年には弦楽合奏に編曲。やがて世界的な人気を博すようになります。 ★★★★★ SKDとの10枚組セットからモーツァルト交響曲選集を分離し、SKBとの管弦楽集を併せて7枚に組んだコンピュレーションで、旧集から消えた曲目もあって少し残念な気もする。元のものも手許にあったが、再発を機に聴いた最初の曲が「シュタイヤー風舞曲」を含むランナー・シュトラウスのワルツポルカ集。音質は良くなったとは言い切れないが、久しぶりに聴くレントラーには満足した。日本人が大好きなVPOの「ニューイヤー」でもオーストリア出身もしくはウィーンで学んだ指揮者は実はかなりの割合でこの曲を演っているのだが、なんでもOKの日本人はそういうことに気が付いているだろうか…。SKDもSKBも、それぞれに独自の色合いを持っていて、その聴き合わせができるという意味では録音年代に開きはあるもののなかなかに貴重なセットだといえる。個人的には旧集にも入っていたグリークの曲集がオケの推進力の良さも相まってなかなかの聴きものだと思っている。DHM同様、ETERNA以降馴染んできた「ベルリンクラシック」というレーベルも事実上なくなっているようだから今後の再発に大きな期待はできない。ここであるだけ購入するのも一つの手だと思う。 #NAME? 砂林 さん | 東京都 | 不明 収録情報 Disc1 ●ウェーバー:交響曲第1番 ハ長調 Op.19 シュターツカペレ・ドレスデン 1972年4月10-14日、ルカ教会 ●ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲 ●ウェーバー:歌劇「ペーター・シュモルとその隣人たち」序曲 Op.8 ●ウェーバー:歌劇「精霊の支配者(リューベツァール)」序曲 Op.27 ●ウェーバー:劇音楽「プレチオーザ」序曲Op.78 ●ウェーバー:祝典序曲「歓呼」Op.59 シュターツカペレ・ベルリン 1974年5月27-31日、キリスト教会 スイトナーは実演でもレコーディングでも、けっこうマニアックな選曲が多かったようです。LP時代のビゼーの交響曲の組み合わせ作品は、当時はあまり聴かれなかったウェーバーの交響曲でした。このCDでは、ウェーバーの交響曲と序曲集を組み合わせることで一貫性をもたせているようです。 ウェーバー20歳のときの交響曲第1番は、当時、自分が指揮者を務めていたカールスルーエ宮廷楽団で演奏することを目的として作曲したもので、第1楽章と第2楽章は序曲風の接続曲スタイルで、楽想もモーツァルト風、ベートーヴェン風なところがあり、さらに後世のグリーグが「ペール・ギュント」でトロルを描いた「山の魔王の洞窟にて」に似たメロディーがあらわれたりもします。 マニアックといえば、スイトナーの場合、ウェーバーの序曲集でも有名な「魔弾の射手」を入れていません。「魔弾の射手」といえば、スイトナーがクレメンス・クラウスに弟子入りする際に、「フィガロの結婚」序曲で失敗し、「魔弾の射手」序曲がうまくいって認められたという幸運の曲ですし、ハンブルク・オペラの300周年記念イベントにベルリン交響楽団と招かれたときもマーラー「復活」の前に演奏した曲でもあったので、ぜひ録音して欲しかったのですが、このアルバムでは「魔弾」ほど有名でなくとも傑作が多いというウェーバーの魅力を知らせることに徹したということなのかもしれません。 「オベロン」序曲は、妖精の王を扱ったウェーバー最後のオペラのために書かれた傑作。オペラ「オベロン」はドレスデンで1826年1月にほぼできあがり、3月中にロンドンで完成、4月にコヴェント・ガーデンで初演して大成功を収めており、ウェーバー自身、生涯最高の成功と喜んでいましたが、滞在中のロンドンで6月に結核が悪化して死去、現地で埋葬されています。18年後、遺体は息子によってドレスデンに移されますが、その際、ワーグナーも協力し、たいまつ行列のための葬送音楽やウェーバーを称える合唱曲を作曲したりもしています。序曲は、管楽器の活躍でも有名で、シュターツカペレ・ベルリンの豊かな音色と生き生きした音楽が楽しめます。 「ペーター・シュモル」、正確には「ペーター・シュモルとその隣人たち」序曲は、オランダ商人とその娘にまつわるジングシュピールの序曲で、作曲時のウェーバーは15歳。師のミヒャエル・ハイドンの指導を受けながら完成したと伝えられていますが、楽譜は殆どが逸失。後年、ウェーバー自身が大幅に改訂して序曲のみ復活させ、作品番号を付して出版しているので、15歳の作品とは言えない面もありますが、若き日の楽想が気に入っていたのか、ウェーバーはこの序曲を何度も実演で指揮しています。 「精霊の支配者」序曲は、18歳の時に断念した未完の精霊オペラ「リューベツァール」の序曲を6年後の1811年に改作したもので、題材にふさわしい迫力ある緊迫した音楽が後年の「魔弾」の「狼谷の場面」を思わせる傑作。機動力ある弦楽の複雑な音色や、かんどころで完璧に決まるティンパニなど無類の魅力を湛えた演奏が若き日の傑作を引き立てています。 「プレチオーザ」序曲は、有名作家ミゲル・デ・セルヴァンテスの小説を、舞台上演用に台本化したアレクサンダー・ヴォルフに依頼されて書いた12曲から成る劇音楽の第1曲。ジプシーの娘プレチオーザが実は高貴な生まれだったという話で、タンバリンの使用などジプシー音楽風の味つけが面白い作品。 祝典序曲「歓呼」は、ザクセン国王、フリードリヒ・アウグスト1世の統治50周年記念式典が1818年におこなわれた際に演奏された曲。後の「魔弾の射手」を彷彿とさせる部分もある曲で、展開部では未完の精霊オペラ「リューベツァール」の五重唱の旋律も使用しているほか、クライマックスでは、英国国歌が延々と演奏されるのが印象的です。ワーテルローでのイギリスのナポレオンへの勝利は、イギリスと同君連合体制を敷いていたハノーファー王国とその周辺地域でも称えられ、英国国歌がドイツ語で歌われるなど広く親しまれていたという背景があります。 Disc2 ●グリーグ:組曲「十字軍のシグール王」Op.56 Ⅰ. 前奏曲「王の広間にて」 Ⅱ. 間奏曲「ボリヒルの夢」 Ⅲ. 前奏曲忠誠行進曲 ●グリーグ:「抒情組曲」Op.54 Ⅲ. 夜想曲 Ⅳ. トロルの行進 ●グリーグ:「ノルウェー舞曲」Op.35 Ⅰ. Allegro marcato Ⅱ. Allegretto tranquillo e grazioso Ⅲ. Allegro moderato alla marcia Ⅳ. Allegro molto-Presto e con brio ●グリーグ:「ホルベアの時代より」op.40 Ⅰ. 前奏曲 Ⅱ. サラバンド Ⅲ. ガヴォット Ⅳ. アリア Ⅴ. リゴドン シュターツカペレ・ベルリン 1976年6月8-11日&12月9日、キリスト教会 スイトナーのグリーグは、北欧系の演奏とはちょっと違い、「ホルベアの時代より」など、ダイナミックでアクセントも克明、思い切ったテンポが採用されたりしているのがユニーク。拍節感も素晴らしく、カラヤンのようにベタに塗りつぶすようなことはしないので、「シグール」の「忠誠行進曲」でもセンスの良いオケの響きが、長征から帰還した王を祝う音楽にふさわしい品位を与えているかのようです。 ノルウェー国王シグール1世[1090-1130]は、十字軍の遠征で有名な人物で、大船団を率いてエルサレムに向かい、軍功をあげたのち、帰路ではコンスタンティノープルに長く滞在、船と財宝を同地で手放し、返礼の屈強な馬(東方馬?)を得て陸路でデンマークまでたどり着き、あとはニルス王の好意で船で帰還という4年がかりの旅でした。ビョルンソンによるシグール王の冒険物語の戯曲に29歳のグリーグが書いた音楽は5曲でしたが、20年後にそこから3曲を抜き出してまとめたのがこの組曲。第1曲「王の広間にて」は劇音楽では第2幕への前奏曲で、王の広間での力較べの様子を描いています。第2曲「ボリヒルの夢」は劇音楽では第1幕の間奏曲で、シグールの妻ボリヒルの夢が不安だったりする様子を描いています。第3曲「忠誠行進曲」は劇音楽では第3幕への前奏曲で、帰還の喜びと感動、祝いの様子が描かれています。 「抒情組曲」はグリーグが書いた66曲のピアノ小品を集めたものですが、その中から4曲選んでオーケストレーションしたのが管弦楽版「抒情組曲」。スイトナーはそこから濃密な「夜想曲」と、愉しい「トロルの行進」の2曲を選んで録音しています。 「ノルウェー舞曲」はピアノ・デュオのために書かれた作品を、ハンス・ジットがオーケストレーションして有名になったものですが、スイトナーの演奏は速めのテンポを基調にしながらも豊かな情感を湛えた素晴らしいもので、随所で聴かれる豪快なサウンドや猛烈なスピード感には驚くばかりです。 「ホルベアの時代より」は、グリーグと同じベルゲン生まれのルズヴィ・ホルベア(デンマーク語読み)の生誕200年を記念して1884年に作曲された作品。ホルベアの生きた時代は、ノルウェーはデンマーク王の統治する同君連合国家であり、ホルベアはデンマークで暮らしています。ホルベアは宮廷劇場で戯曲などを発表したこともありましたが、活動の主体は、啓蒙主義的教育者で著述家、投資家でした。生涯独身で倹約家でもあったホルベアは、自著の出版・販売、定期購読契約などで得た資金を、不動産投資や農場経営のほか、貿易事業への投資にまわして富を得ており、晩年には節税対策を兼ねて、ソーレ・アカデミーに巨額の寄付をおこなって男爵の称号を授与されてもいます。 グリーグは依頼を受けて、18世紀の舞曲の要素を用いた喜怒哀楽に富む5曲から成るピアノ曲集を作曲し、翌年には弦楽合奏に編曲。やがて世界的な人気を博すようになります。 Disc3 ●ランナー:ワルツ「宮廷舞踏会」op.161 ●ランナー:レントラー「シュタイヤーマルク風舞曲」op.165 ●ランナー:ワルツ「シェーンブルンの人々」op.200 ●J.シュトラウス2世&ヨーセフ・シュトラウス:「ピチカート・ポルカ」 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「休暇旅行で」op.133 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「女心」op.166 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「小さな水車」op.57 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」op.204 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「鍛冶屋」op.269 ●ヨーセフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「おしゃべりの可愛い口」op.245 シュターツカペレ・ドレスデン 1970年3月16-20日、ルカ教会 ●フォルクマン:セレナーデ第2番 ヘ長調 Op.63 11.Ⅰ.Allegro moderato 12.Ⅱ. Molto vivace 13.Ⅲ. Walzer: Allegretto moderato 14.Ⅳ. Marsch: Allegro marcato シュターツカペレ・ドレスデン 1962年、ルカ教会 スイトナーは、東西に長いオーストリアの西の端の山間部、インスブルックの生まれで、東の端の首都ウィーンよりも、バイエルンの方が遥かに近いという立地でした。もっとも言語はインスブルックもウィーンもバイエルンも、海抜高度の高い「高地ドイツ語」グループの上部ドイツ語圏に属し、方言ごとの違いはあるものの、きつめのアクセントと、強い巻き舌の「R」、語頭の「W」が濁らず、「S」は母音の前では濁らず、語尾の「ig」はクで終わるという点は共通ということです。 一方、シュターツカペレ・ドレスデンの所在地では、ふだんはザクセン方言が話されています。ザクセンでは、アクセントがなだらかで、母音を伸ばす傾向があり、「R」の巻き舌も控えめ、母音の前では「S」も「W」も濁り、語尾の「ig」はヒで終わるという、何とものどかな傾向があるため「上部ドイツ語」とは反対の印象を受けます。 例としては少し極端ですが、前者がヒトラーの演説、後者が東ドイツのウルブリヒト第一書記の演説という感じでしょうか。ヒトラーは高地オーストリア出身、ウルブリヒトはライプツィヒの出身です。 スイトナーとシュターツカペレ・ドレスデンの関係でも違いは明らかだったようで、後年のインタビューで楽員が、リハーサルでときおりあらわれるスイトナーの上部ドイツ語を「オーストリア語」と呼んで懐かしんだりもしていました。 Disc3に収録されたウィンナ・ワルツやポルカでは、スイトナーのアクセント志向と、ドレスデンのなだらかな良さがうまく?み合って、美しく楽しい聴きものとなっています。 選曲も面白く、ヨーセフ・ランナーの「シュタイヤーマルク風舞曲」と「シェーンブルンの人々」では、ストラヴィンスキーが「ペトルーシュカ」に引用したフレーズが実にチャーミングです。前者はオーストリアの田舎のレントラー、後者はウィーン郊外のシェーブルン宮殿の向かい側にある中産階級に大人気の「ドムマイヤー・カジノ」の人々を描いたもの。「ドムマイヤー・カジノ」は、のちにワルツ合戦の会場としても有名になります。 シュトラウス作品の方はすべてポルカ。最晩年のスイトナーがインタビューで、最も好きな曲として挙げていたポルカ・マズルカ「とんぼ」も聴くことができます。 ドイツ・ロマン派の作曲家、フリードリヒ・ロベルト・フォルクマン[1815-1883]は、ザクセン王国出身のユダヤ系ドイツ人で、1839年にオーストリア帝国のプラハで音楽学校声楽教師として働き始め、1841年にオーストリア帝国のブダペストに移ってピアノ教師や音楽紙の記者として活動。1848年には同地の改革派シナゴーグの聖歌隊長兼オルガニストに就任しますが、在任中の1852年に発表したピアノ三重奏曲第2番が人気を得たため、1854年にウィーンに移り住んで作曲家として活動。1857年には、ブダペストで出版社を経営するグスタフ・ヘッケナスト[1811-1878]が全作品の出版権を買い取り、出版状況に関わりなく定期収入が得られる契約だったおかげで作曲に専念できるようになり、翌1858年には再びブダペスト入り。以後、亡くなるまでの25年間、同地を拠点として過ごしています。その間、1860年代には作曲家としての名声が高まりブラームスとも交流、1875年にはブダペスト王立音楽院の和声法と対位法の教授に迎えられ、68歳でなくなるまで在職していました。 セレナーデ第2番は、1869年に弦楽合奏の為に書かれた作品で、曲の半分近くを占める第1楽章は非常に甘美で抒情的、他の3つの楽章はどれも2分強の規模感で、軽快な第2楽章、ワルツの第3楽章、行進曲の第4楽章という構成。チャイコフスキーはこのセレナーデが大好きで、ロシアの音楽雑誌に寄稿して「傑出した素晴らしい作品」と称えてもいます。 スイトナーはそうした点に配慮したのか、LPではチャイコフスキーの弦楽セレナーデとこのフォルクマンのセレナーデ第2番を組み合わせていました。このCDでは、ワルツ、ポルカのあとに配されていますが、第3楽章がワルツ、第4楽章は行進曲なので、組み合わせとしては良い感じです。 Disc4 ●スッペ:「美しきガラテア」序曲 ●スッペ:「詩人と農夫」序曲 ●スッペ:「怪盗団」序曲 ●スッペ:「軽騎兵」序曲 ●スッペ:「陽気な若者」序曲 ●スッペ:「スペードの女王」序曲 シュターツカペレ・ドレスデン 1969年8月18-22日、ドレスデン、ルカ教会 ●モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲 シュターツカペレ・ドレスデン 1964年8月17-23日、ドレスデン、ルカ教会 ●モーツァルト:歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲 シュターツカペレ・ベルリン 1969年、ブルネンシュトラーセ・スタジオ ●ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲 シュターツカペレ・ベルリン 1965年2月、キリスト教会 ●スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲 シュターツカペレ・ドレスデン 1962年、ドレスデン、ルカ教会 スッペ[1819-1895]はイタリア系の父とドイツ・オーストリア系の母の間に、オーストリア帝国のシュパラトー(現クロアチア、スプリト)に誕生。祖父の代から確認できる公式文書では、スッペ家の綴りはイタリア語で、ベルギーの貴族云々は、クラシックにありがちな想像物語のようです。 スッペはクロアチアのイタリア語圏で歌やフルートを勉強。父の死により16歳で母の故郷ウィーンに移ったスッペは、工学の学校に進むもののすぐに退学し、イグナツ・フォン・サイフリート[1776-1841]に個人的に理論と作曲を師事。21歳でヨーセフシュタット劇場の作曲家兼楽長として契約し、以後、アン・デア・ウィーン劇場、クアイ劇場、カール劇場、レオポルトシュタット劇場、バーデン劇場などのために190を超える作品を作曲。 興味深いのはその楽譜で、オーケストラ総譜の楽器の順番が、上から、ヴァイオリン、ヴィオラ、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、トランペット、ファゴット、トロンボーン、ティンパニ、打楽器、チェロ、コントラバスという具合に、弦楽が上下に分離するいわゆる「イタリア式」で書かれていました。イタリア語圏で歌やフルートは学んでいたものの、作曲はオーストリア人から教わっていたので、スッペには、自身のイタリアの血を強調した狙いがあったのかもしれません(あるいは師のサイフリートがイタリア式にこだわっていたのかもしれませんが)。 Disc5 ●レーガー:「バレエ組曲」Op.130 Ⅰ. Entree.Tempo di marcia Ⅱ. Colobine.Adagietto(molto tranquillo) Ⅲ. Harlequin.Vivace Ⅳ. Pierrot und Pierrette.Larghetto Ⅴ. Valse d'Amour.Sostenuto-Tempo di Valse Ⅵ. Finale.Presto シュターツカペレ・ベルリン 1972年8月24、25 & 31日、キリスト教会 ●レーガー:「古い様式による協奏曲」Op.123 カール・ズスケ(ヴァイオリン) ハインツ・シュンク(ヴァイオリン) シュターツカペレ・ベルリン 1972年6月28-29日、キリスト教会 ●レーガー:「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」Op.86 シュターツカペレ・ベルリン 1971年8月24-25日、DEFAスタジオ レーガーといえば後期ロマン派の重厚系代表の印象がありますが、スイトナーが取り上げた3曲は、どれも快活で親しみやすいものです。 「バレエ組曲」Op.130は、レーガーがマイニンゲン宮廷楽団の楽長だった1913年に書かれた作品で、楽団に合わせて小さめな編成で、楽想も道化師とその愛を描いた明快なものとなっています。 「古い様式による協奏曲」Op.123も、マイニンゲン宮廷楽団のコンサートを念頭に書かれたもので、バロック風なスタイルと、2本のヴァイオリンのソロが印象的な作品。 「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」Op.86は、ミュンヘン時代の1904年に書かれた2台ピアノ作品を1915年にオーケストレーションしたもの。主題として用いられているのは、ベートーヴェン晩年のバガテル Op.119-11。表情豊かな12の変奏曲と、生気に富むフーガを聴くと、この曲が長年に渡ってレーガーのお気に入りだったという話にも納得です。 Disc6 ●ヴォルフ:交響詩「ペンテジレア」 I. アマゾン軍団のトロイへの進軍 II. ペンテジレアのバラ祭の夢 III. 戦闘、情熱、狂気、絶望 シュターツカペレ・ベルリン 1980年6月9-11日、キリスト教会 ●プフィッツナー:劇音楽「ハイルブロンのケートヒェン」op.17 第3幕~前奏曲 メロドラマ 序曲 ユリアーネ・コーレン(語り) フランク・リーナート(語り) シュターツカペレ・ベルリン 1982年、キリスト教会 ●ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容 Allegro Turandot、Scherzo: Moderato - Lebhaft Andantino Marsch シュターツカペレ・ドレスデン 1967年2月28日-3月3日、ルカ教会 ヴォルフの交響詩「ペンテジレア」は、ヴォルフがザルツブルク王立テアター(州立テアター)のコレペティトアとして契約したものの僅か3か月で解雇されてしまうという世の厳しさを味わった2年後に着手され、それから2年を経て完成した交響詩。その間、音楽評論も始めていましたが、近い時期には弦楽四重奏曲なども作曲しています。 この作品は、文豪クライストならではの強烈なストーリーを音楽化したものとして知られています。 ペンテジレーア女王率いる女性部族のアマゾン軍団が、子づくりを目的に、トロイの戦いにトロイ側で参戦。敗れた戦士たちを拉致して交わるために戦うという話で、女王ペンテジレーアは、戦士アキレウスを倒して連れ帰ることをもくろむものの、アキレウスは強く、ペンテジレーアは気絶させられてしまいます。しかし、ペンテジレーアのことが好きになってしまったアキレウスは、彼女との戦いに敗れない限り、彼女と交わることができないと知り、目覚めたペンテジレーアに対して、負けたのは自分の方だと伝えます。しかしペンテジレーアが疑問を持ったため再度戦うことになり、その際、アキレウスのわざと負けようとするような戦いぶりにペンテジレーアは激高し狂ったように猛攻撃、さらに犬をけしかけてアキレウスを八つ裂きにすると、犬と共にその心臓に食らいつく狂態を見せてしまいます。正気に戻ったペンテジレーアは自分のおこないを恥じて自殺するという何ともすごい話です。 若く悩めるヴォルフの25分ほどの作品は、ワーグナー風で聴きやすく、諸動機を克明に浮かび上がらせるスイトナーの周到な指揮もあってなかなか聴きごたえがあります。 2曲目はプフィッツナーの劇音楽「ハイルブロンのケートヒェン」からの選曲。ヴォルフと同じくクライストの作品にインスパイアされた作品ですが、こちらは戯曲上演に際して書かれた付随音楽。36歳のプフィッツナーは、戯曲の為に「序曲」「第3幕前奏曲」「ニワトコの情景の後で」「メロドラマ」の4曲を作曲しています。スイトナーはここで、その中のニワトコ以外の3曲、23分ほどを選び、盛り上がる序曲を最後に配置。メロドラマでは東ドイツの役者がケートヒェンとシュトラール伯爵の愛の情景を演じています。 3曲目はヒンデミットの「ウェーバーの主題による交響的変容」。妻ゲルトルートの母親は元フランクフルト市長の娘で、父親は元フランクフルト歌劇場音楽監督のユダヤ人だったことで、1933年のナチ政権成立により、ヒンデミットは混血ユダヤ人の夫ということで政府の冷遇対象(迫害ではありません)となっています。そのためヒンデミットは海外の仕事を増やし、1935年にはトルコ政府からの依頼でアンカラ音楽院の開設に関わり、1937、1938、1939年と渡米、1938年には拠点をスイスに移し、第2次大戦開戦の翌年、1940年には戦火を避けてアメリカに渡り、イェ―ル大学の教授に就任、コネティカット州のニュー・ヘヴンに転居し、戦争が終わって徴兵の心配が無くなった1946年1月に市民権を得ています。「ウェーバーの主題による交響的変容」は、1943年8月にニュー・ヘヴンで完成した作品で、主題として、下記のウェーバーの作品が用いられています。 第1楽章:4手のためのピアノ曲集「8つの小品」Op.60~第4曲 第2楽章:劇付随音楽「トゥーランドット」~スケルツォ 第3楽章:4手のためのピアノ曲集「6つの小品」Op.10~第2曲 第4楽章:4手のためのピアノ曲集「8つの小品」Op.60~第7曲 楽器編成は3管編成相当ですが、打楽器には、ティンパニのほか、大太鼓、小太鼓、テナー・ドラム、タムタム、タンブリン、トライアングル、小ゴング、シンバル、小シンバル、鐘、鉄琴が用いられ、3名の奏者によって、随所に効果的な音を響かせています。 Disc7 ●ドヴォルザー:序曲「我が家」Op.62 シュターツカペレ・ベルリン 1978年3月28日、キリスト教会 ●ドヴォルザー:序曲「自然のなかで」Op.91 シュターツカペレ・ベルリン 1981年2月20-26日、キリスト教会 ●ドヴォルザー:序曲「謝肉祭」、Op.92 シュターツカペレ・ベルリン 1981年2月20-26日、キリスト教会 ●ドヴォルザー:序曲「オセロ」、Op.93 シュターツカペレ・ベルリン 1979年9月4日、キリスト教会 ●ドヴォルザー:序曲「フス教徒」Op.67 シュターツカペレ・ベルリン 1979年7月2日、キリスト教会 スイトナーは、ドヴォルザーク交響曲全集を制作する際に、5曲の演奏会用序曲も取り上げており、ここで聴けるのはそれらの録音です。 スイトナーは、録音に際して、ヴァーツラフ・ターリヒの弟子でスメタナ劇場(現プラハ国立歌劇場)の指揮者ルドルフ・ヴァシャタ[1911-1982]から、ターリヒの楽譜をもとにしたフレージングのアドヴァイスを受けてもいました。 速めのテンポで一貫しながらも、劇場的なイディオムともいうべき多彩な表情が随所に浮かび上がるのは、そうしたスイトナーの入念な準備が反映されていたからかもしれません。 オトマール・スイトナー(指揮) |
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