木原和敏（1958年広島市生まれ）は、ひろしま美術研究所にて久保田辰男（一水会運営委員）に師事し、写実的な人物画で高い評価を受けている洋画家です。第11回現代洋画精鋭選抜展金賞（1982年）、日展特選（1999年・2006年）、白日会展内閣総理大臣賞（2011年）など数々の受賞歴があり、日展および白日会の会員として第一線で活躍を続けています。作品は、女性の透明感ある柔らかな表情や自然な佇まいを緻密に描きながらも、筆の運びが感じられる独自のリアリズムを特徴とし、レースや衣服の細部、画面を越えて広がる空気感までを巧みに表現しています。文化庁主催の現代美術選抜展（2001年）や広島県民文化奨励賞（2003年）などにも選ばれ、近年では画集『そこにあるもの』（2022年）刊行や「気配～そこに在るもの～」展（2023年）など継続的な展覧会活動も行っており、銀座画廊宮坂での個展をはじめ、各地で精力的に作品を発表し続けています。

洋画家・木原和敏による本作《惟る》は、若い女性の一瞬の佇まいを通して、深い内面の静けさと、言葉にはならぬ想念の揺らぎを優美に捉えた秀作です。画面に描かれた女性は、整った顔立ちに穏やかな気品をたたえ、伏し目がちに静かに物思いに沈んでいる。その姿は、まるで時が止まったかのような静謐さをまとい、観る者の心にそっと寄り添います。

繊細な筆致によって描かれた肌のやわらかさや、光を受けてほのかに透ける白いフリルのブラウス、そして淡く明るい背景との調和は、対象の実在感を超えて、精神的な美しさを湛える表現へと昇華しています。無言のなかに息づく感情と、その奥に広がる想いの深さ。それらはまさに、作品の題「惟る（おもう）」が示すとおり、人が心の内にそっと灯す思惟の瞬間を描き出しているといえましょう。

木原は、写実を礎としながらも、写すことの先にある「気配」や「余白」を重んじ、人物の存在そのものを静かに浮かび上がらせる稀有な作家です。本作においても、描かれているのは単なる姿かたちではなく、思索の気配を湛えた“こころの景色”そのものです。鑑賞者は彼女の沈黙と向き合い、そこに映し出された自己の内面と、静かに対話することになるでしょう。