《米空母レキシントン》【2隻入】バンダイ 1/2000 ネイビーコレクション No.17 米レキシントン級航空母艦 レキシントン 收藏
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开始时间:12/28/2025 22:19:37
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结束时间:01/04/2026 21:02:34
商品成色:二手
可否退货:不可
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| 商品説明 | ■ バンダイ 1/2000 ネイビーコレクション No.17 米レキシントン級航空母艦 レキシントンについて バンダイ 1/2000ネイビーコレクションシリーズのレキシントンは模型情報Vol.23(1981年7月号)の新製品情報にバンダイ1/2000 ネービーコレクションシリーズの海外艦(レキシントン、ワシントン、ビスマルク、ティルピッツ)の新発売として掲載されてますので、1981年7月頃発売されたキットだと思います。 1/2000という小スケールながら当時の模型としてはディテールの優れた製品でした。 2隻入ってますので、レキシントンと同型艦のサラトガを作成しても良いですし、艦底部外して洋上版とフルハル版を作っても良いですし、1隻だけ作って1隻を残すと言うことも可能です。 尚、今回レキシントンについて英文Wikiで巡洋戦艦時より調べてみましたが金剛型巡洋戦艦への対抗とかなかなか面白い経歴で楽しませて貰いました。実艦についてに書いてありますのでご興味のある方はご覧下さい。 *キットの特徴 ・フルハルモデル(艦底部を付けなければ洋上モデル可) ・接着剤は入ってますが多分使用できません。 ・2隻分入ってます。(本来は1隻のみです) 定価 100 円(税抜:当時) ECサイト上では販売されてないようです。 ※ 出品理由や趣旨については自己紹介をご参照ください。(必読ではありません) ■ ご注意 ・無塗装、未組み立て品です。塗料、制作工具、接着剤等は別途ご用意ください。 ・パーツリストが無い為パーツの確認は出来てませんが、パーツを入れてる袋は未開封で穴も開いてませんので、メーカー側でのミスがない限り全て揃ってると思われます。足りない場合はメーカーにお問い合わせください。 ・パッケージは経年劣化により日焼けやかなりのスレ等の劣化がありますし、一部折れや汚れ、破損が存在しますのでご了承下さい。 ・本出品には上記の可能性もありますので、美品や完品がほしい方は、入札をご遠慮下さい。 ※ 当出品物は売る事を前提として保管してた物では無い為、新品同様の状態のものもありますし、日焼けや変色、スレ等全体的に劣化している状態のものもあり、全てが同一のコンディションではありません。このため商品の状態を判断して出品してますが、当方で新品同様と判断しても、見落としや落札者様の判断基準と異なる可能性もありますので、どのような状態であっても基本的に「傷や汚れあり」に設定し、開始価格も低めの設定にしてます。 特に模型については組んで頂くことを前提としてますので、パーツリストのあるものはパーツを確認し、可能な限り本体部分のパーツが揃っているものを出品してます。(欠品している場合は欠品部分の情報と、リカバリ方法のヒントを記載いたします) このためパッケージの状態を特に重視される方は入札をご遠慮ください。 書籍についても、内容では無く書籍の状態の方を重視される方は入札をご遠慮ください。 ■ 同時に下記商品を出品しています。 [艦艇] ・モータ&マルチ展示台付き ニチモ 30cmシリーズNo.25 米海軍アイオワ級戦艦 ニュージャージ(近代改装後) ・今は亡きASK(渥美産業株式会社)製:航空巡最上も作成可 ASK 1/1000 聯合艦隊シリーズ No.20 最上型重巡 鈴谷 ・2隻入 バンダイ 1/2000 ネイビーコレクション No.17 米レキシントン級航空母艦 レキシントン ・ディスプレイモデル アリイ 1/1600 日本戦艦スケール 4 長門型戦艦 陸奥 [艦艇アフターパーツなど] ・エッチングやナノドレッド等 比叡用エッチング、伊勢型・扶桑型金属砲身等アフターパーツ1式等 ・高雄や金剛のエッチング等 重巡高雄及び戦艦金剛用エッチング等、アフターパーツ1式等 ・戦艦大和用エッチング及び金属製3脚マスト フジミ 艦NEXT 1/700 戦艦大和用アフターパーツ & 金属製3脚マスト [スタートレック:ENT] ・ENT:バンダイ版スタートレックモデル バンダイ 1/850 NX-01 エンタープライズ [宇宙戦艦ヤマト] ・1/655 全長400mm:タイトープライズ品 タイトー 1/655 宇宙戦艦ヤマト スーパーメカニクス [模型情報誌] ・イデオン・テクノポリス等模型情報誌:復活のイデオン8cmCD、タカラミニカタログ付 アオシマプラモデルニュース Vol.1~4 | 入札等に関して | このページの記載を熟読ご確認して頂き、十分理解し、了承した方のみご入札願います。 1.支払い等について 1) 支払い方法は、かんたん決済のみです。 2) これまで落札された方の9割以上の方が落札した翌日の13:00迄に振り込んで頂いてますので、振込みは基本的に落札後24時間以内にお願い致します。コンビニなどの利用等で振込が落札後24時間を越える場合は、落札後24時間以内にいつ頃の振込になるかご連絡ください。落札後24時間以内に振込も無く連絡も頂けない場合は問合わせさせて頂きます。この問合わせから24時間以内に返答等のアクションがない場合は入札を取消させて頂き、次点の方に落札頂くか、または再出品させて頂きます。 また事情をお伝え頂いた場合でも、入金は落札後5日以内にお願い致します。 3) 新規の方及び出品者様より振込の遅延または落札品の受取処理を行わない等、落札後の問題で悪いの評価がついている落札者様及び前回当方の出品で振込遅延または受取処理遅延メッセージを受けた落札者様は、落札した翌日の13:00迄に振込もしくは振込予定のご連絡をお願いします。翌日13:00迄に振込も振込予定連絡もいただけない場合は、当方よりお問い合わせさせていただきます。以上のお問い合わせをさせて頂いても、落札後24時間以内に何らかのアクションがない場合は入札を落札者様都合で取消させて頂き、次点の落札者様(前述と同様の問題がない方)に落札権を譲渡するか再出品とさせて頂きます。(すいません、何度もいたずららしい入札がありましたのでこの対応とさせて頂きます) 2.同梱(おまとめ発送)について 1) 同時期(「■ 同時に下記商品を出品しています。」の項目に記載している出品物)の出品物は同梱可能です。(再出品とは基本的に同梱できません) 3. 発送について 1) 匿名配送及び商品追跡のため、発送はおてがる宅急便(EASY)またはゆうパケットポスト、ゆうパケットプラス、ゆうパケットポストミニを使用します。送料を安く出来ないかとのお問い合わせもありますが、下記の通り定形外の場合匿名配送、商品追跡が出来なくなる為、変更できませんのでご了承下さい。 2) 日本国内のみで海外発送には対応してません。 3) 梱包は雨などの水漏れ防止用にビニール袋に包み、梱包箱等に入れます。ただし梱包箱では発送サイズに収まらない、または100サイズを超える大型サイズの場合は、段ボール用紙、またはクラフト紙で梱包して発送します。 4) 落札者様からのご入金確認後、土日祝祭日を除き通常は24時間以内、遅くとも48時間以内の発送を心がけてますが、事情により遅れる場合がございます。その場合は落札者様へご連絡いたします。 5) お手軽宅急便(EASY)での発送の場合で着日を指定(発送後標準的な輸送期間を過ぎた日を指定する場合)は振込前にご連絡ください。尚、ゆうパケットプラス、ゆうパケットポスト、ゆうパケットミニの場合は期日指定が出来ません。お手数ですが受取れなかった場合は郵便局のウェブより地元の郵便局に連絡して頂き、郵便局または近くのコンビニでの受取りを指定してください。 6) 定形外郵便発送のご質問が何度がございましたが、匿名配送及び商品追跡のため現状定形外郵便を使用する予定はございません。 4.受取処理について 1) 商品到着後2日(到着後48時間)以内に受取り処理を行ってください。匿名配送の為、商品が落札者様へ届いたかどうかは判りますので、到着してから2日(到着後48時間)を越えて受取処理も無く、受取処理が遅延するご連絡もいただけない場合は、こちらから催促の連絡をさせていただきます。尚、それ以前に催促の連絡があるかもしれませんが、それはシステム側が出力した自動送信です、 2) 今まで配送の追跡後、商品を郵便局や営業所止め等にしてあると判断した場合は、その週末に受け取るものと判断し、翌月曜日までは催促致しませんが、出来れば受取予定期日のご連絡をお願い致します。何のアクションもない場合は、翌月曜日に催促の連絡をさせて頂きます。 3) 催促をかけてから24時間以内に何らかのアクションを頂けない場合は、落札者様の評価または前回までの対応に基づき以下のように対処致します。 (1) 受取処理をしないとの評価がある場合、催促から24時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。 (2) 受取処理をしないとの評価が無い場合、催促から48時間経過しても何らかのアクションがない場合はブラックリストに登録致します。 (3) 当方のこの出品または以前の出品で支払い、受取処理で2回以上の警告を受けた場合ブラックリストに登録致します。 (注)これまでの取引で極一部の方の対応に問題があり、これまでより入札条件が細かくなったり厳しくなり申し訳ございません。上記条件にご納得頂けない(上記期間内にお支払い、や受取処理が出来ない、もしくはお支払いや受取処理の遅れる理由を連絡するつもりのない等)場合は入札をご遠慮ください。 5.評価について 1) 評価は、当方に評価いただいた方のみ対応させて頂きます。 2) 評価不要の方は当方への評価も必要ございません。 6.再出品について(2025/11/30:修正) これまで落札されなかった商品やいたずら入札で落札がキャンセルされた商品の再出品を行ってませんでしたが、準備出来次第以下の要領で行う予定です。 ・即決有り、送料込みでの出品形式の出品となります、掲載期間は未定です。 ・基本的に即決価格はアマゾンや相場を参考に商品の状態を考慮し設定し、開始価格も即決価格の9割程度とします。 ・通常出品との同梱は基本的に出来ません。 7.その他 1) ご質問がある場合は、オークション終了の24時間前迄に行ってください。 2) 送料も含め値引き交渉は致しません。 3) 現品しかございませんので、基本的にノークレーム・ノーリターンでお願い致します。 4) 新規の方や評価が非常に悪い方、また取引に不安を感じる方は、申し訳ございませんが入札を取消させていただく場合がございます。 上記ご確認の上ご検討ください。 |
送付方法 | ゆうパケットプラス |
支払方法 | !かんたん決済(詳細) |
実艦について | ◇クラス解説 □レキシントン級巡洋戦艦 レキシントン級巡洋戦艦は、米海軍が発注した唯一公式の巡洋戦艦です。 1903年、イタリアの造船技師ヴィットリオ・クニベルティが初めて全巨砲戦艦の構想を語ってますが、米国の米海軍大学(NWC:Naval War College)でもペンシルベニア級やテネシー級大型装甲巡洋艦の総合的な有効性に疑問が投げかけられ、戦艦並の巨砲と防御を持つ装甲巡洋艦の構想が提案されました。 1904年、日露戦争が勃発し日本はロシア帝国に勝利しました。特に日本海海戦の勝利は日本が世界の大国として台頭したことを決定づける事となり、日本は太平洋戦域で米国に対抗しうる国家として警戒され初めました。 更に日本で1905年~1908年に起工された筑波型装甲巡洋艦は装甲巡洋艦ながら世界に先立ち戦艦並みの12インチ砲を4門搭載し、8インチの装甲帯と砲塔装甲、3インチの甲板装甲を持ちながら20.5ノットの速力が出せました。これは米海軍大学で構想した装甲巡洋艦そのものでした。 また英国ではフレッシャー提督がヴィットリオ・クニベルティの全巨砲戦艦の構想に基づき、チャールズ・アルジャーノン・パーソンズが開発した蒸気タービンを採用し、更に日本海海戦と黄海海戦の12インチ砲の有効性を鑑みて、単一口径主砲搭載の革命的戦艦ドレッドノートを1905年に起工し翌1906年に竣工させたと共に、史上初となる巡洋戦艦インヴィンシブル級の建造も行われてました。 このような世界情勢であったため米国の米海軍大学では具体的な装甲巡洋艦案を1906年夏の会議で発表しましたが、既に新型装甲巡洋艦を10隻保有していたため採用されませんでした。 1908年米国の米海軍大学の夏の会議では装甲巡洋艦より巡洋戦艦が支持され、それに基づき巡洋戦艦の試案が作成されました。この巡洋戦艦試案はワイオミング級をベースとした建造案で、排水量26,417t、全長670フィート(204m)の船体に、50口径12インチ砲をワイオミングは12門搭載のところ8門に減じ、砲塔を減じた重量分でワイオミング同等の装甲を備えた上、当時の米戦艦の最高速度21ノットより20%速い25.4ノットとしました。これ以外にも3つの案が作成されましたが建造の勧告には至りませんでした。 米海軍は英国やドイツが巡洋戦艦を何隻も建造しても巡洋戦艦には関心を示さなかったものの、1911年日本が金剛型巡洋戦艦4隻の建造に踏み切り、快速戦艦隊を構築することを知ると、既存のペンシルベニア級やテネシー級では太刀打ちできない事を認識し太平洋作戦用の巡洋戦艦の建造を軍政委員会に依頼しました。 ただ米国の軍政委員会では超弩級戦艦を充実するため年次1~2隻の戦艦を建造(当時も超弩級戦艦ネバダ級を建造中)しており、補助艦艇的な巡洋戦艦の建造には乗り気で無かった為、取りあえず米国版金剛型巡洋戦艦案(最大速力29ノット、14インチ砲8門でネヴァダ級に匹敵する防御力の艦)をC&R(海軍建造修理局)に提出しました。 C&Rはこれに基づき検討し最終的なスペックを総監部出席の元発表しました。それは排水量3万トン未満、主砲は14インチ8門、速力を26~32ノット、装甲厚は最低8インチ、航続距離は戦艦と同じ半径8,000マイルとし、総監部でこの案に基づき1914年の予算で2隻の建造を提案しましたが、米海軍大学ではこの案に重大な問題があるとし高速戦艦の方がより現実的であると反論しました。 1914年第一次世界大戦が勃発し戦争が激化する中政治情勢が一変したことで、1915年12月にダニエルズ・プラン(大海軍法・海軍拡張計画)を当時の米国大統領ウッドロウ・ウィルソンに提出しました。この計画は1922年迄にコロラド級戦艦4隻とサウスダコタ級戦艦6隻、レキシントン級巡洋戦艦6隻、オハマ級軽巡10隻等を建造する暫定5カ年計画で、下院では隻数を減少した上で通過しましたが、政府は上院に働きかけ建造計画は従来のまま3ヶ年で完了する事とし、レキシントン級巡洋戦艦は1917会計年度で最初の4隻(レキシントン、コンステレーション、サラトガ、レンジャー)が、1918会計年度で1隻(コンスティチューション)、1919会計年度で1隻(ユナイテッド・ステイツ)を建造を予定してましたが、当時は輸送船や駆逐艦、対潜艦の建造が優先され主力艦の建造は中段されました。 尚、このレキシントン級巡洋戦艦は、オマハ級軽巡やウィックス級駆逐艦と共に戦闘艦隊を支援するため速力は35ノットが必要となりました。またこの時点でのレキシントン級巡洋戦艦は10,000~14,000トン級巡洋艦の拡張型とされてました。 1916年次の計画案は排水量34,900トンで、50口径14インチ砲を10門搭載し、速力35ノットを発揮する予定でした。主砲は連装2基と3連装2基の構成で、35ノットを出すため船体幅は細長く艦幅も狭く、主船体構造も当時の戦艦より薄くなりました。また35ノットの速度を出すためには軸馬力が18万馬力必要で、ボイラーの数も24基となりますが、艦幅が足りないため全基艦内に入らず甲板上に装甲箱を取付け、その中に入れる設計でした。しかも24基ボイラーを積むため煙突の数が7本となり、そのうちの4本は横並びとなってました。 この強度不足で脆弱な船体に重量級の主砲塔を積むためトップヘビーとなる事も懸念されました。更に凌波性や装甲帯との引っ張り強度など設計については多くの問題点を抱えていたため、排水量を33,000トンに増加し、全長も243.8mから259.1mに延長する対応を取りましたが、それでも問題点が十分に解消されませんでした。 しかし1917年に入るとドイツのUボート対応や人員や物資の輸送のため対潜艦や輸送艦の建造が優先され計画が保留となった上、ジュットランド沖海戦で英国巡洋戦艦が3隻失われたことと日英が15~16インチ主砲搭載の主力艦の建造計画を予定してる為、主砲を50口径16インチ砲に増強し、敵艦の砲火に耐えるためボイラー数も20基とし全て艦内に収めるようにし、煙突数も5本に減じました。ただし装甲については変更されませんでした。 1918年頃、英国在留の米国海軍幕僚が英国のアドミラル級の最新鋭巡洋戦艦フッドに強い印象を受けました。 フッドは巡洋戦艦でありながら舷側装甲は従来の戦艦に匹敵し、甲板装甲は英国の主力艦では最大級のため、高速戦艦と評され、英国海軍もフッドを戦艦と巡洋戦艦両方の後継艦とみなしていた為、米国も同様の艦艇を開発すべきと主張しました。これが発端となり1918年4月8日レキシントンの設計陣に対し、レキシントン級巡洋戦艦を戦艦と巡洋戦艦の主要な特徴を持ち、可能な限り重兵装、重防御、高速の主力艦として設計するよう要請しました。具体的には主砲をサウスダコタ級戦艦の16インチ砲を採用し、装甲防御力は10%削減、最高速度は30ノットとしました。設計は迅速に行うよう依頼されましたが、英国よりジェットランド海戦の詳細データと戦艦フッドの設計に携わった技師を派遣して貰う事でフッドのアイディアをレキシントン級巡洋戦艦に組み込むことが出来ました。この結果装甲帯の縮小と傾斜装甲への変更、垂直装甲帯の増強と艦幅の拡張が行われ、ボイラー数は技術改良により16基に削減され煙突も2本となりました。最終的に常用排水量は43,500トンに増加し、サウスダコタ級戦艦より300トンも重くなってます。 1918年6月3日に、4つの再設計案が総務委員会に提出されましたが、1916年度建造計画全体の遅延とその結果発生する費用が懸念され全て却下されましたが、更に議論を重ねた結果1919年5月設計B案の部分的防御力強化とそれに伴う若干の速度低下に修正したB3案で建造することが決定されました。 レキシントン級巡洋戦艦は全長266.4m、全幅は32.1mで満載排水量は44,200トンに達しました。艦首にはバルバス・バウを採用。推進はターボ電気推進とすることでギアードタービンより搭載スペースは必要なものの燃料消費量が少なく、伝達には蒸気管で無く電気ケーブルとなるため機器が分散しやすいので魚雷に対する耐久性の向上が計られ、モータ位置を艦尾側に持つことでプロペラシャフトの短縮が可能となり振動と重量を押さえられました。推進器は2基の22,500軸馬力の電動モータで駆動され、電力供給は35,200キロワットのターボ発電機を4基使用し総軸馬力は180,000馬力となりました。これによりレキシントン級巡洋戦艦は33.25ノットの速度を出すことが出来ます。 主砲にはサウスダコタ級戦艦で採用する予定だった16インチ/50口径マーク2を採用。950Kgの砲弾を初速853m/sで40,700m(射角45度)迄毎分2発発射可能でした。その他副砲に51口径5インチ砲を18門搭載し、23口径3インチ マーク11 対空砲を10門、21インチ魚雷発射管を8門搭載予定でした。 レキシントン級巡洋戦艦の建造は、約5か月の遅延の後、1920年と1921年にようやく開始されましたが、各国間での建艦競争が激しくなった事で建造費用で国の財政が圧迫されており、各国の首脳間では軍縮協定の機運が高まってきました。このためレキシントン級巡洋戦艦の空母化または客船化の検討もされ始めました。空母化においては専用設計空母とレキシントン級巡洋戦艦改造の空母の費用と利点欠点が比較され、費用的には専用設計空母が2,710万ドルであるのに対し、レキシントン級巡洋戦艦改造空母では既に投入された670万ドルを除けば2,240万ドルで済むと試算されました。またレキシントン級巡洋戦艦改造空母は専用設計空母より対魚雷防御性能が向上し搭載航空爆弾弾薬庫が大きく、航空機の発着スペースも広くなるとされましたが、反面速力が半ノット低下し飛行機格納庫が専用設計に比較し狭く、非常用燃料が少なく、着艦時の甲板幅が狭いなどの問題点が挙げられました。 1922年2月6日にワシントン海軍軍縮条約が締結され、米国、英国、日本、フランス、イタリア各国海軍が建造中の主力艦は全てキャンセル又は廃棄されることが決定されました。この結果建造中の巡洋戦艦(米国のレキシントン級巡洋戦艦、英国のG3巡洋戦艦、日本の天城型)は全てキャンセル又は廃棄となりました。しかし、条約では建造中の主力艦2隻を航空母艦に改修することが認められていた。アメリカ海軍は、完成に最も近づいていた2隻のレキシントンとサラトガを完成させることを決定しました。 □レキシントン級航空母艦 レキシントン級航空母艦は前述の通りワシントン海軍軍縮条約によりレキシントンとサラトガが巡洋戦艦より空母に改造されることになりましたが、問題は新造空母1隻の上限排水量が27,000トンに設定されていたことです。これだと巡洋戦艦改装空母には低すぎるため例外事項として建造中の主力艦を航空母艦に改修する場合の排水量の上限を33,000トンとすることが追加されました。しかし6,000トンの増加ではレキシントン級巡洋戦艦の航空母艦への改造には不十分でした。そこで更に第 2 章第 3 部第 1 節 (d)の条項、「保有される主力艦または航空母艦は、航空および潜水艦の攻撃に対する防御手段を提供する目的以外で、以下の規則に従って再建されてはならない。締約国は、この目的のために、既存のトン数にバルジまたはブリスターまたは対空攻撃デッキ防御を装備することができる。ただし、これにより生じる排水量の増加は、各船の排水量3,000トンを超えないこととする。」を適用しました。 これによりレキシントンの排水量は35,689トン、サラトガは35,544トンとなっていて、公式リスト上は33,000トンですが脚注として「この数値には、ワシントン条約第11章第3部第1節(d)項に基づく航空及び潜水艦攻撃に対する手段の重量制限は含まれない」が追記されてました。 竣工したレキシントン級航空母艦は全長は270.7m、全幅は32.3mで、レキシントンが基準排水量が36,578 トン、常備排水量が41,187 トン、満載排水量が43,054 トンで、サラトガは基準排水量は36,578トン、満載排水量が43,746トンでした。 航空母艦としての艤装では264.0×32.3メートルの全通式一段飛行甲板、格納庫は全長129.2mで全幅20.7m~22.6m(艦載機整備区、艦載機分解格納庫除く)で搭載機数は79機(分解で更に30機搭載)、エレベータ2基、アイランド式艦橋、エンクローズド・バウなどを採用し、これは空母として先見性のあるものでした。 艦首は巡洋戦艦時と同様にバルバス・バウを採用し、機関もターボ・エレクトリック方式をそのまま使用しました。この推進器は2基の22,500軸馬力の電動モータで駆動され、電力供給は35,200キロワットのターボ発電機を4基使用し総軸馬力は180,000馬力と巡洋戦艦時と同様ですが、1928年の海上公試では202,000馬力で34.5ノットを達成しています。航続距離は10ノットで10,000海里でした。 またターボ・エレクトロニクス方式は動力伝達に蒸気管で無く電気ケーブルで行う為かさばらない利点があり、更にモータを艦尾側に持って行けるためプロペラシャフト長を短く出来振動や重量を抑えること我出来ます。その他にも極性反転で逆転が可能なため全速での逆転が出来る事と、ターボ発電機1機が故障しても全推進器を使用できることと逆に1台のターボ発電機で全推進器を稼働できるため負荷と効率を最適化出来る利点がありました。反面重く、複雑でメンテナンス性や調整が難しく、放熱性が高く、塩分を含んだ空気を嫌うため換気性が必要で、被弾時には湿気や浸水はもちろん高電圧による危険性がありました。 武装としては艦橋前後に背負い式で55口径8インチ連装砲塔を2基ずつ計4基8門搭載してます。これは当時航空機が艦艇に対して有効な攻撃装置になるか確信できず、重巡程度の砲戦能力が搭載された為です。この砲は1940年に撤去し38口径5インチ連装両用砲に交換する予定でしたが、暫定的に1.1インチ4連装砲を7基を増設しました。レキシントンは換装前に沈没した為行われなかったのですが、サラトガは1942年初めに5インチ連装両用砲に交換してます。また対空火器として25口径5インチ単装砲を方舷6基、全12基搭載しました。就役時には対空機関砲は搭載されませんでしたが、徐々に増加され、1942年初頭には13mmM2ブローニング対空機関銃24丁搭載し、それ以降はエリコン20ッm対空機関砲に置き換えられました。1942年5月にレキシントンが沈没した時点での武装は、5インチ単装砲12門、1.1インチ四連装砲12門、エリコン機銃22門、そして少なくとも24門の.50口径機関銃でした。 サラトガは1942年甲板に52門搭載してます。また1941年後半から1942年初頭にかけては、5基の4連装1.1インチ砲塔が搭載されましたが、1942年後半にはボフォース40mm砲に換装され、サラトガは1944年に4連装23基と連装2基が搭載されました。 射撃指揮装置は当初砲塔にMk 30測距儀と前後観測トップのMk 18射撃管制装置で管制されてました。その他操舵室上に6.1m測距儀を搭載しており、5インチ対空砲は3基ずつMk.19射撃式装置で管制されてました。1941年にはRCA CXAM-1早期警戒レーダーを設置し、1942年には両用砲をMk 37指揮装置で制御し、対空砲術レーダーも搭載しました。小型砲の指揮装置はMk 51に置き換えられ、艦の電子機器は1944年に近代化されました。 サラトガは1941年2月に改装中に早期警戒レーダーRCA CXAM-1を受領し、煙突前にアンテナを設置しました。両用砲換装後は2基のMk 37指揮装置で制御され、FD(Mk.4)対空砲術レーダーも搭載されました。1942年の40mm砲交換時にMk.51指揮装置に更新されました。また1944年1月の改装で電子兵装の近代化が行われてます。 レキシントン級航空母艦の装甲は、喫水線帯が上から下に向かって厚さが減少(7インチ~5インチ)し、上端には11度の角度がついています。この設計により、近距離射撃に対する防御力は向上するものの装甲帯の高さが足りず、砲弾が装甲外を通過するリスクも増しています。装甲は艦中央部161.5mの間を艦首から隔壁まで高さ2.8mの装甲で覆い、艦尾側は7インチの隔壁で終わってます。また、機関部と弾薬庫の上の第3甲板は合計2インチの2層の特殊処理鋼で覆われてますが、操舵装置は水平が3インチ、側壁が4.5インチの厚さの2層のSTS鋼でした。 魚雷防御用には厚さ0.375~0.75インチの中型鋼製防護隔壁3~6枚で構成され、隔壁間の空間は空のままか燃料タンクとして使用し、爆発エネルギを吸収させました。 レキシントンとサラトガは、第二次世界大戦前に空母戦術の開発に利用され、真珠湾攻撃時には港に不在でした。レキシントンはヨークタウンと共に珊瑚海海戦に参戦し、日本の空母翔鶴を大破させるも日本軍機の攻撃で大破し、味方駆逐艦の雷撃で処分されました。一方、サラトガは日本軍による真珠湾攻撃後、ウェーク島救援作戦の主力艦として参加したが失敗し、その後日本軍の潜水艦に雷撃を受けて修理。ガダルカナル島の戦いでは支援を行い、東ソロモン海戦で敵艦を撃沈しました。1943年には連合軍の作戦を支援し、ラバウルの攻撃も2度行いました。1944年には航空支援やインド洋での作戦に参加しましたが、半ばからは訓練艦となりました。1945年初頭、夜間戦闘空母として硫黄島の戦いに参加しましたが、神風特攻隊の攻撃で損傷し、修理のために帰国しました。修理中に練習空母に改造され、戦争の残り期間はその役割を果たしました。日本の降伏後は兵士の輸送に使われ、1946年にはビキニ環礁で原爆実験で沈没しました。現在、サラトガの残骸はスキューバダイビングの目的地となっています。 ◇個艦解説 レキシントンはレキシントン級航空母艦のネームシップです。 竣工後、レキシントンは太平洋艦隊に配属され、以後沈没まで"レディ・レックス"との愛称で太平洋艦隊に所属し続ました。 レキシントンは巡洋戦艦として建造してましたが、ワシントン海軍軍縮会議の終了前の1922年2月に24.2%の進捗度で建造が中止、1922年7月1日、航空母艦として再指定・再認可されました。主砲関連の機器や装甲は削除されたものの船体自体はほぼ流用された状態で建造が進み、1925年10月3日に進水し1927年12月14日に就役しました。 レキシントンへの着艦には、当初電動アレスティング装置で行い、1931年に油圧作動のMk 2システムに変更し、さらに1934年には改良型Mk 3ユニットが追加され、合計8本のアレスティングワイヤーと4つのバリアが設置されました。1936年飛行甲板拡張時に8本ワイヤが追加されました。 またフライホイール駆動式F Mk II航空機カタパルトを艦首右舷に備えた状態で建造されました。 このカタパルトは、4.5tの航空機を48ノットで発艦可能でしたが本来は水上飛行機用だったため5回練習用に使用されただけで、1936年の改修時に撤去されました。 1929年、ワシントン州西部が干ばつに見舞われ、クッシュマンダム1号に頼っていたタコマ市の電源不足救済のためレキシントンをタコマに派遣し、12月17日から1930年1月16日まで電力を供給しました。2ヵ月後にはカリブ海で行われたフリート・プロブレムXに参加しています。その後もサラトガとラングレーと共に訓練を行ってます。1931年4月1日、ニカラグアのマナグアを襲った地震に対応しマナグアへの救援活動を行いました。 その後も毎年訓練を繰り返し、1941年12月7日(現地時間)を迎えました。 太平洋戦争の開戦時(1941年12月8日)、レキシントン級空母2隻は太平洋艦隊の第一航空戦隊に属し、レキシントンはミッドウェー島に向かって航空機を輸送していたため真珠湾攻撃を逃れましたが、任務を中断し日本艦の艦艇探索にかり出されましたが、結局見つからず燃料不足で12月13日に真珠湾に戻りました。翌日出港しサラトガのウェーキ島攻略の揺動としてマーシャル諸島のジャルートにある日本軍基地を襲撃するものの、ウェーキ島はサラトガが到着する前に日本軍に攻略されたため、12月20日に中止され再度真珠湾に帰港しました。 その後も南太平洋の哨戒任務に就いてました。1月21日ウェーキ島への陽動作戦が与えられましたが、揺動に使う予定のタンカーが日本の潜水艦に沈められて為中止されました。1942年2月からは第11任務部隊の中核として活動しました。2月~3月にかけラバウル航空隊と交戦、つづいて空母ヨークタウンと共にラエ・サラモアへの空襲を実施後、南太平洋の哨戒を続け、3月26日に真珠湾に帰港しました。その際、8インチ砲塔を撤去し4連装1.1インチ対空砲を増設しました。 1942年5月には、ポートモレスビー攻略を阻止するためヨークタウンとともに珊瑚海に進出し日本の空母祥鳳を撃沈、しかし翌8日には、日本海軍の空母瑞鶴、翔鶴の攻撃機による空襲を受け、ヨークタウンに爆弾1発が命中、レキシントンには爆弾2発と魚雷2本が命中しました。この時点ではレキシントンは7度傾斜しただけで、沈没に至るような状況ではなかったのですが、左舷前部に命中した魚雷によりエレベータが2基とも上昇位置で動作しなくなり、航空燃料タンクよりガソリンが漏出し気化して艦内に充満し始めました。もう一本の魚雷はボイラー室に損傷を与え速力が25ノットに低下しました。そして5月8日12時47分、気化したガソリンに引火し最初の爆発が発生して大火災となり、更に複数回の爆発を繰り返し手の施しようがなくなり総員退艦となりました。最終的には駆逐艦フェルプスにより雷撃処分されたました。 就役:1927年12月14日 沈没:1942年5月24日 排水量:43,035トン(満載) 全長:271m 速力:34.59ノット 搭載機数:70~80機(補用含めた場合100機以上) |
インフォメーション | ◆大和型戦艦の模型に関しては「ワタ艦同人誌情報」に下記の大和型戦艦模型の情報を掲載してます。オンラインPDF版(サイズ超大)とダウンロード版(ZIP)を置いてますのでご興味があれば覗いてみてください。 ● 大和型軍艦の模型史考2015~2022(2015年以降の大和型軍艦模型をまとめたもの) ※ 現在体調不良の為、更新が伸びていますので、大和型軍艦の模型史の更新はもう少しお待ちください。 ● 大和型軍艦の模型史考2015 (2015年迄の大和型軍艦模型をまとめたもの) |
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